日本中東学会
Japan Association for Middle East Studies
イスラエルに対するアカデミック・ボイコットについて
役重善洋(やくしげ よしひろ 日本中東学会員、京都大学大学院)
50日間にわたったイスラエルのガザ地区に対する大規模攻撃によって、2000人以上の尊い人命の喪失に加え、ガザの人々の生活を支える基本的インフラが徹底的に破壊された。とりわけ、イスラミック大学やUNRWAの学校など、多くの教育・研究機関が壊滅的な被害を受けた。そうした中、イスラエルの大学・研究機関に対するアカデミック・ボイコットの動きが加速している。8月上旬にはロジャー・オーウェン、ラシード・ハーリディ、イラン・パぺ、長沢栄治など、100名以上の中東研究者および司書が連名で対イスラエル・アカデミック・ボイコットを呼びかけた[1]。また、トルコでは128の大学の学長が、虐殺に抗議の声を挙げないイスラエルの大学との関係断絶を宣言する声明に署名した[2]。
本稿では、こうした動きの背景となるイスラエルにおける学術機関と対パレスチナ人政策との関係について考えてみたい。2009年9月に発表された国連調査団による「ゴールドストーン報告書」では、イスラエルが「ダヒヤ・ドクトリン」と呼ばれる戦略をガザ攻撃に際して用いているという指摘がされた[3]。報告書は、イスラエルが、住宅地やモスク、病院、学校などに対し、軍事的必要性を認めることのできない過度の武力を行使しており、国際人道法における「均衡性の原則」を侵害しているということ、そしてその背景には2006年のレバノン戦争において登場した軍事戦略があるということを指摘した。その戦略とは、「対テロ戦争」においては、軍事目標ではなく、一般市民や基本インフラに対して迅速かつ大規模な被害を与えることが重要であり、そのことによって「テロリスト」に対する支持を失わせ、「テロ」抑制効果を生み出すというものである。イスラエルの空爆によって徹底的に破壊されたベイルート近郊の村の名前を冠せられたこの戦略は、公式にイスラエル政府が認めているものではないものの、テルアビブ大学の国家安全保障研究所(INSS)を中心に形成されてきた有力な軍事戦略・思想の潮流として、今回のガザ攻撃を含め、イスラエルの軍事行動に大きな影響を与えていることが、多くのメディアや研究者によって指摘されている[4]。例えば、ゴールドストーン報告書は、INSSの上級研究員ギオラ・エイランドによる、(次にヒズブッラーと戦争する際には)「レバノン共和国に深刻な損害を与え、住宅やインフラを破壊し、何十万もの人々に苦痛を与えることが、何よりもヒズブッラーの行動に影響を与えられる」という意見を引用している。エイランドは、今回のガザ攻撃でも、住民の人道的危機状況が伝えられる只中で、ガザに運び込まれる食糧と水を完全に遮断すべきだという意見をイスラエルのメディアに発表している[5]。「ダヒヤ・ドクトリン」は、イスラエルの学術機関と違法な戦争・占領政策との緊密な関係を示す象徴的なケースとして知られるようになり、冒頭で紹介した中東研究者によるアカデミック・ボイコットの呼びかけの中でも言及されている。
イスラエルにおける軍産学の緊密な連携という状況については、国際的な学術交流の拡大やイスラエル経済のグローバル化を通じて、日本の大学や企業も無関係ではいられなくなりつつある。たとえば、2013年11月にテルアビブで開催されたイスラエル・ロボット学会議には、ゲストスピーカーとして、イスラエル軍(IDF)の技術部隊の大佐や、テルアビブ大学社会学部の安全保障プログラムを統括する元IDF技術開発部門長の教授などと並んで日本の大学の研究者も参加した[6]。この会議のスポンサー・出展企業リストには、イスラエル・エアロスペース・インダストリーズ(IAI)やラファエルなど、イスラエルの代表的軍需企業とともに、産業用ロボットの世界的メーカーである安川電機のイスラエル法人(1994年設立)も名を連ねている[7]。また、この会議とほぼ同時期には、日本学術会議とイスラエル科学・人文アカデミーとの間で、科学技術の協力促進を図ることを目的とした覚書が締結された[8]。
こうした状況において何よりも問題なことは、日本の大学関係者や研究者において、そもそもイスラエルの軍産学連携の状況や、イスラエル・ボイコットが広く呼びかけられている現状についての情報が十分に行き渡っていないため、多くの場合、ボイコットへの賛同・不賛同以前に、イスラエルとの学術交流が、パレスチナ人に対する戦争犯罪や人権侵害に何らかのかたちで結びつくリスクがあるということに思い至りさえしないということであろう。ちなみに、EUにおいては、2013年7月、占領地で活動するイスラエルの機関・企業に対する助成等を規制するガイドラインが策定された[9]。こうした動きを受け、EUの主要17カ国でイスラエル入植地に関わるビジネスに伴う倫理的・経済的リスクについての警告が公式に出されるなどの動きも進んでいる[10]。ここで問われている問題が、ロボット工学や中東研究など、特定の専門分野に限定された問題ではないことは明らかであろう。分野の枠を越えた議論が早急に求められているように思う。
[1] http://www.jadaliyya.com/pages/index/18811/over-100-middle-east-scholars-and-librarians-call-
[2] http://pacbi.org/etemplate.php?id=2550
[3] http://www2.ohchr.org/english/bodies/hrcouncil/docs/12session/A-HRC-12-48.pdf
[4] http://imeu.org/article/the-dahiya-doctrine-and-israels-use-of-disproportionate-force
[5] http://electronicintifada.net/blogs/ali-abunimah/starve-or-surrender-cut-all-food-and-water-gaza-says-israeli-general
[6] http://www.ariel.ac.il/sites/shiller/icr2013/guest-speakers.html
[7] http://www.ariel.ac.il/sites/shiller/icr2013/exhibition.html
[8] http://www.scj.go.jp/ja/int/workshop/
[9] http://www.theguardian.com/world/2013/jul/16/eu-israel-settlement-exclusion-clause
[10] https://www.middleeastmonitor.com/news/europe/12554-17-eu-countries-warn-against-doing-business-with-israeli-settlements