目  次


新会長に就任して

加藤 博(一橋大学)

理事の連続三期、会長の連続二期を越える選出禁止という制度改革によって、新しい会長に選ばれた。制度改革があった以上、誰かが選出されなければならなかったわけで、「当たり」という訳である。制度改革の目的の一つは、学会執行部の若返りである。前会長と私の年齢差は七歳であり、この年齢差では、若返りとは言いがたい。しかし、新理事として選出されたのは、何事にも一言ある、元気者たちである。その意味では、新執行部はたいそう若返った。新会長も、肉体年齢はともかく、精神年齢については、リーダーシップの欠如という点において、たいそう若返った。このことから、新執行部体制がどのようなものになるかは、おのずから明らかであろう。集団体制である。やるべきことは、二つであろう。

第一は、先のニューズレターで佐藤前会長が旧執行部の成果として総括された学会体制強化と国際交流の拡大を引き続き展開することである。第二は、これとは矛盾するが、やるべきことと、やれることを吟味し、長くなりすぎた前線をどう縮小するかである。このことは、学会活動の質を高めるためには、経なければならない過程である。学会とは、誰のために、何のためにあるのだろうか。そして、「中東」とは、どういう地域なのか。一方では、いかに小国でも政治経済の運営単位は依然として国家であり、他方では、グローバリゼーションという言葉に象徴されるように、それぞれの国家が地球規模でネットワークを張りめぐらしつつある現代において、「中東」という地域は歴史上の、そして地域史を叙述するためにとりあえず設定される、便宜的な枠組みでしかなくなりつつあるように思われる。のっけから、悲観的な所信表明になりました。


日本中東学会第18回年次大会のお知らせ

開催日時:2002年5月11日(土)、12日(日)

開催場所:東京大学 本郷キャンパス

実行委員会
委員長:佐藤次高(東京大学)
委員:小松久男、蔀勇造、鈴木董、竹下政孝、内藤陽介、長沢栄治、桝屋友子、柳橋博之、山内昌之(以上、東京大学)、加藤博(一橋大学)、三浦徹(お茶の水女子大学)

【予定プログラム】

2002年5月11日(土) 東京大学 本郷キャンパス 山上会館
* 公開記念講演あるいはシンポジウム
* 総会
* 懇親会
5月12日(日) 東京大学 本郷キャンパス
* 研究発表
 第18回年次大会の第2日目は、例年通り複数の会場を設けて研究発表をしていただくことにしております。会員の皆様には、この機会を利用して日頃の研究成果を積極的に発表していただけますようお願い申し上げます。発表ご希望の方は、2001年10月13日(土)までにお申し込み下さい。発表申し込み用紙は、8月末頃に発送予定の大会案内に同封いたしますのでご利用ください。
【連絡先】
日本中東学会第18回年次大会実行委員会事務局
〒113-0033 東京都文京区本郷7-3-1
東京大学文学部東洋史学研究室気付
Tel: 03-5841-3783 Fax:5841-8957

総会報告

【日本中東学会第17回年次総会報告】
日時:2001年5月12日(土)
場所:龍谷大学清和館3Fホール
出席者:69名、委任状82名、計151名(定足数、115名)
堀川徹会員の司会で、議長:福田安志会員、副議長:東長靖会員、 書記:粕谷元、池田美佐子両会員、議事録署名人:太田敬子、近藤信彰両会員を選出し、 理事会によって提出された下記の議案が審議され、いずれも採択された。
1. 2000年度事業報告(川床 睦夫)
  • 第16回年次大会(2000年5月13日、14日、北海道大学)の開催。
  • 科学研究費補助金による第4回公開講演会の開催(「広がるイスラーム
  • 動くイスラーム」、2000年12月2日、慶應義塾大学)。
  • 日本中東学会年報(AJAMES)第16号の編集
  • 出版。
  • 和文ニュ-ズレタ-の発行(和文3回[総頁33頁]、英文1回[総頁11頁])。
  • AJAMES第15号を中東
  • アフリカ地域57機関、アジア地域15機関、欧米地域36機関、中米1機関(合計109機関)、および外国人研究者29名に送付。
  • 会員の増減:入会者25名(正会員:10名、学生会員:15名)、退会者15名/内物故者3名、除名6名の移動があった。結果、2001年4月1日現在の会員数 は572名(正会員:461名/内海外在住26名、学生会員97名/内海外在住6名、休会者:14名)。 賛助会員は1団体(中東協力センタ-)。
  • 2001/2002年度役 員選挙の実施(ニューズレター第85号参照)。
    (質疑)除名者の理由と経過について質問があり、いずれも3年以上の会費未納者であり、学会細則I-3に基づき行ったこと、また、当該者には会費納入の督促を行ってきたことが説明された。
2.AJAMES第16号編集報告 (私市 正年)
  • 16号は論文11本、書評1本からなる。論文では日本語5本、外国語6本で、書評は 英語による。(外国語率は61%)
3.2000年度決算報告(川床 睦夫)および監査報告(清水 学 監事)
  • (略)
4. 2001/2002年度新役員および新事務局の紹介 (三浦 徹)
  • 新会長と新理事の任務分担について(ニューズレター第85号参照)
  • 監事については、宮治一雄氏、飯塚正人両会員を候補とし、総会の承認をもとめる。
  • 新事務局はお茶の水女子大学で2年間の予定。
5. 2001年度事業計画 (三浦 徹)
  • 第17回年次大会の開催(2001年5月12、13日、龍谷大学)。
  • 科学研究費研究成果公開促進費(研究成果公開発表B)の補助金による、 第5回公開講演会の開催(詳しくはこちらへ)
  • 日本中東学会年報(AJAMES)第17号の編集・出版(下記参照)。
  • ニューズレターを年数回発行する。
  • 海外の関連学会との交流の促進(英文ニューズレターの発行、日本中東学会年報の海外研究機関への発送、第4回AFMA大会への参加準備、第1回中東学会世界大会への参加準備など)。
  • インターネットを用いた学会の情報網を立ち上げる(会員への電子メールによるニューズレターの発信、学会ホームページの開設など)。
(補足説明)
  • 今年度は、AJAMESの刊行について、初めて科学研究費(研究成果公開促進費)学術定期刊行物の採択を得ることができた。これは、一般欧文誌というカテゴリーで、外国語を用いて研究成果を国外に発信することを目的としている。今年度は、通常の巻にくわえて、英文別冊で「日本の中東・イスラーム研究」特集を編集し、積極的に日本の研究状況を広報する。
  • 中東学会世界大会は、2002年9月にドイツのマインツで開催される。日本中東学会としては、学会のブースを設け、AJAMESはもとより、日本の研究機関の刊行物を頒布する。また、科学研究費イスラーム地域研究の成果をもとに、パネルを企画する(詳しくは、16ページを参照)
6.AJAMES第17号編集計画 (岡野内 正)
  • 通常巻の原稿応募は6月、原稿締切は8月末(詳しくはこちらへ)
  • 外国語率を上げるために具体的な提案があればいただきたい。
7.2001年度予算案 (三浦 徹)
  • (略)

日本中東学会第17回年次大会報告

【大会プログラム】
5月12日(土) 公開記念講演・公開シンポジウム・総会

(清和館3Fロビー)
12:00
受付開始
13:00-14:10
公開記念講演
“Islamic Fundamentalist Movement in Central Asia" The Islamic Threat to Central Asia
Ahmed RASHID(ファーイースタン・エコノミック・レヴュー/デイリー・テレグラフ 中央アジア・アフガニスタン・パキスタン支局長)
14:10 -14:20
休憩
14:20-16:00
公開シンポジウム「現代シルクロードとイスラーム復興」
Ahmed RASHID/小畑 絋一 (衆議院国際部長・前駐ウズベキスタン大使)/小松 久男(東京大学)/新免 康(中央大学)/中田 考(山口大学)
16:00-16:10
休憩
16:10-17:00
討論
17:00 -18:00
総会
18:10
懇親会 (清和館1F生協食堂)

5月13日(日) 研究発表

1. 9:30-10:10
2. 10:10-10:50
休憩
10:50-11:00
3. 11:00-11:40
4. 11:40-12:20

12:20-13:30
5. 13:30-14:10
6. 14:10-14:50
休憩
14:50-15:00
7. 15:00-15:40
*研究発表30分/質疑応答10分

第一部会(北黌 204教室)

  1. 大庭 竜太(京都大学) クルド・ナショナリズム再考:ヌルジュ運動における民族性とイスラームをめぐって
  2. 古川 美緒(東京都立大学) エジプト・デルタS村におけるシャーズリー教団の活動と村長の一族
  3. 太田 啓子(お茶の水女子大学) シャリーフ政権によるメッカ支配と国際関係:バフリー・マムルーク朝期を中心に
  4. 大河原 知樹(日本学術振興会) 19世紀中頃のダマスカスの都市構造:徴税台帳(ルスーム・デフテリ)の分析 
  5. 近藤 信彰(東京都立大学) 二重のワクフ:19世紀テヘランの一訴訟
  6. 阿部 克彦(上野学園大学) サファヴィー朝期におけるケルマーンのタイル装飾と陶器

第二部会(南黌 202教室)

  1. 山尾 あおい (大阪外国語大学) 文学に表されたトルコ人労働者:ベキル・ユルドゥズを中心に
  2. 川久保 一美(津田塾大学) 1922年エジプト独立前後のエジプトの対日外交:葉煙草輸入関税問題を中心に
  3. 久保 幸恵(一橋大学) オランダにおけるムスリム移民の統合と“柱状化”
  4. 三尾 真琴(中部大学) もう一つのパレスティナ問題:レバノン国民のまなざしとUNRWA School
  5. マイケル ペン(北九州大学) 野田正太郎と日本軍艦比叡・金剛のイスタンブールへの派遣
  6. 小島 宏(国立社会保障・人口問題研究所)イスラームと人口移動

第三部会(南黌 203教室)

  1. 末近 浩太(京都大学) ラシード・リダーと大戦間期における シリア統一・独立運動
  2. 小池 利幸(東京外国語大学) アルジェリア・ウラマー協会の社会 改革思想の考察
  3. 田村 幸恵(津田塾大学) 委任統治パレスチナにおける国家構想 の相違:パレスティナ分割案、二民族国家案と独立
  4. 貫井 万里(慶応義塾大学) モサッデク政権期におけるテヘランの バーザール勢力の役割:ティール月30日事件を中心として
  5. タレック・シェヒディ(上智大学) 日本とアラブの近代思想におけ る民主主義:吉野作造とアル=ターヒル、アル=ハッダードからの視点
  6. 島 敏夫(福山大学) 新段階を迎えたイラン石油産業
  7. 清水 学(宇都宮大学) 中央アジアの「市場経済化」

第四部会(南黌 204教室)

  1. 元好 朗子(京都ノートルダム女子大学)ジャーヒリーヤ詩人 イムルウ・アルカイスとアルカマ・アルファフルの詩的競演:馬の描写とその性的解釈
  2. ジャハーンギーリー・ナーデル(東京外国語大学)
    The linguistic reflection of social hierarchy in post revolutionary Iran
  3. ハイリー・ドゥーマ(大阪外国語大学)
    Are They “Autobiographical Novels “ ?
  4. 依田 純和(大阪外国語大学) マグレブのアラビア語非ムスリムにおけるh音の脱落とそれに伴う音韻変化について
  5. 山中 由里子(国立民族学博物館) ズー・ル= カルナイン再考:タバリーのコーラン注釈書を通して
  6. 富田 健次(大分県立芸術文化短期大学) ヴェラーヤテ・ファギーフの論証形態に関する若干の考察

【主催校から】

日本中東学会第17回年次大会は、2001年5月12日(土)・13日(日)の両日、龍谷大学大宮学舎で開催された。 今回は、主催校の都合で、大谷探検隊100周年記念国際シンポジウムの一環として、初日の公開講演と公開シンポジウムが日本中東学会と龍谷大学の共催形式になったことを御理解いただき、日本中東学会並びに関係各位に事務局といたしまして厚く御礼申し上げます。

公開講演は、パキスタンよりジャーナリストで現代中央アジアのイスラームの研究家でもあるアフメド・ラシッド氏をお招きし、「中央アジアにおけるイスラーム原理運動」と題して講演していただいた。ラシッド氏の講演は、先に提出されたペーパーとは異なり、中央アジア地域のイスラームの復興と現状について力点が置かれていた。特に、中央アジアにおけるイスラームは、スーフィズムが基本にあり、本来は非常に寛容なものであったとし、現在の中央アジアにおけるイスラーム原理主義運動が、中央アジアのオリジナルなものでないと規定された。次ぎに、このイスラーム原理主義運動は、ワッハーブ派などの影響を受けたもので、ソ連崩壊後の政治体制に反対する運動として成長し、インドネシアのイスラーム勢力や中国新疆ウイグル自治区のムスリム、チェチェンの反ロシア勢力、アフガニスタンのターリバーン勢力などと結び付き国際化したとする。ウズベキスタンを追い出されたIMUは、ジハード・グループ(イスラーム原理主義運動過激派)の中核として活動を繰り広げているとも報告された。ラシッド氏の講演は、現地での取材を通して得た情報も多く、非常に興味ある内容であった。

公開シンポジウムの各報告と討論、二日目の各セクションの報告は司会者に譲るとして、記念講演のアフメド・ラシッド氏、公開シンポジウムのパネリストの小畑絋一、小松久男、新免康、中田考の各先生に厚く御礼申し上げますと共に、各部会で日頃の御研究の成果を御発表下さいました各先生に深甚より感謝申し上げます。

また大会事務局が不慣れのために、会員各位に御迷惑をお掛けしたことをお詫び申し上げます。(北村 高)

【公開国際シンポジウム「現代シルクロードとイスラーム復興:『文明間の対話』の視点から」】

このシンポジウムは、龍谷大学との共催で、同大学の「大谷探検隊100周年記念学術事業」の最初の国際シンポジウムでもあった。まず仏教史学研究者でもある上山大峻同大学学長の挨拶、司会者の坂井定雄(龍谷大学)の開催経過・趣旨説明、パキスタンから参加したジャーナリスト、アフメド・ラシッド氏の紹介があり、報告討論に移った。

小畑氏は「カリモフEウズベキスタン大統領の宗教政策と『イスラーム復興』:対立か共存か」と題して報告。独立当初、イスラーム運動を容認したカリモフ大統領が、弾圧政策に転換した経過を述べ、政府を批判する勢力は「イスラーム原理主義者」とされて、逮捕あるいは抹殺され、「文明間の対話」が存在しない、と論じた。

小松氏は「アンデイジャン蜂起の残像」と題して報告。1898年、フェルガナで発生した蜂起が「反植民地闘争」であるとともに、「近代中央アジアにおける再イスラーム化の一環、あるいは新たなイスラーム化の波とみなすことも可能」と分析。「ほぼ1世紀前のこの蜂起の評価は、現代イスラーム復興の問題とも深く結びついている」と指摘した。

新免氏は「20世紀前半期の中国領中央アジアにおける民族運動とイスラーム」と題して報告。1933年にカシュガル、44年にイリで成立した「東トルキスタン共和国」を中心に、民族運動におけるイスラームの「重要な位置」について詳しく述べた。さらに清朝・中華民国政府のトルコ系ムスリムに対する政策と住民の対応について論じた。

中田氏は「現代シルクロードとイスラーム復興:文明間の対話の視点から」の題で報告。中央アジアを考えるうえで、東西のシルクロードとともに南北関係を考える視点の重要性を指摘。「今日のイスラーム復興運動とシルクロード世界」「ターリバーンの石仏破壊について」などについて論じた。

パネリストの報告を受けてラシッド氏が発言。スーフィーをはじめ中央アジア、シルクロードのイスラームは、歴史的、伝統的に寛容であったと論じ、ターリバーンのイスラーム解釈・行動も、デーオバンド主義も、ワッハーブ派などもすべて、中東や南アジアから移入したものだと分析。過激な「ジハード・グループ」の国際化について詳しくレビューした。

討論では、ターリバーンによる最近のバーミヤン石仏破壊についても論議が交わされた。 最後に坂井が(1)シルクロードの伝統的イスラームが寛容なものであったことが確認された(2)現代シルクロードを、イスラーム復興と「文明間の対話」の視点から考えようとした本シンポジウムの設定は間違っていなかったと思う、とまとめた。(坂井 定雄)

【研究発表会場から】
第一部会 午前の部

大庭竜太「クルド・ナショナリズム再考」は、クルド・ナショナリズムについて、これまでトルコ問題の文脈で述べられてきたイスラーム復興運動であるヌルジュ運動をクルド人の運動の面から再考察したもので、イスラーム的正義の観念が実現されるウンマの一部分として思い描かれている「クルディスターン」の顕在化は、中東のムスリムの他の民族性にとって許容されるものであろうとの展望を示したものであった。これまでの諸研究を整理検討して、サイード・ヌルスィーの思想を分析した。彼が使用する用語を、当時のその使われ方についてより詳しい背景説明があれば、より明快になると思われた。

古川美緒「エジプト・デルタS村におけるシャーズリー教団の活動と村長の一族」は、エジプト・デルタ地方のカリュービーヤ県のある村の村長一族とその一族が関連するシャーズリー教団の一支団についての調査報告であった。シャーズリ-教団の広がり、またその一族である聖者との関係、また一般的に聖者である証し等様々な問題を考える興味深いものであった。当日配布された村長夫人へのインタヴューのレジュメを材料に分析をしていただければ、専門分野が異なっている参加者が、より興味を抱くものとなったと思われた。

中近世においてアラビア半島のメッカにおいては、預言者の子孫であるシャリーフたちが政権を握っていたが、これまでの研究では周辺諸勢力との関連で触れられることが多かった。しかし最近では関連する諸史料が刊行され始めている。太田啓子「シャリーフ政権によるメッカ支配と国際関係」は、刊行されていない写本をはじめメッカの地方史を検討することで、バフリー・マムルーク朝期を中心にその政権の財政的基盤、支配領域、対外関係を考察した意欲的なものであった。

大河原知樹「19世紀中頃のダマスカスの都市構造」は、ダマスカスの1852年の徴税台帳を主に分析することで、19世紀後半の都市構造を、商業地域と住宅地域を中心に検討したものであった。「イスラム都市」論の基礎となったソヴァジェの研究の基となったのは、1930年代の不動産調査を基にした地籍地図であったが、この報告では、その前の時代の都市構造を再検討して、地図との同定作業を行い、これまで提出されてきた産業構造についての見方とそれに依拠した歴史解釈についての疑問を提出したものであった。(菊池 忠純)

第一部会 午後の部

近藤信彰「二重のワクフ」は、ワクフ庁テヘラン支部所蔵の2通のワクフ設定文書、およびそれに関連する各種文書を利用しながら、同一物件にたいして二重にワクフが設定された事例を紹介し、ここから当時のイラン社会におけるシャリーア法廷の機能を考察しようとしたものである。上述の物件について繰り返された訴訟で、シャリーア法廷はその都度ホクム(判決)を提出しているが、法廷には提示したホクムを執行する機能が備わっていなかったため、案件が何度も蒸し返され「ホクムの連鎖」が引き起こされることになったと結論する。

阿部克彦「サファヴィー朝期におけるケルマーンのタイル装飾と陶器」は、ケルマーン産とされるサファヴィー朝陶器の編年や産地を、文様・モチーフを手がかりに同定しようとしたものである。ケルマーンの白地藍彩タイルにも見られるS字型シダの葉状文や、17世紀前半のミニアチュールに見られる絵画的特徴との比較検討を通して陶器の年代を推定し、アウトラインの特徴によって産地を同定したアーサー・レーンの説に対して、その差は工房の違いによるとした。発表者が年代の根拠としたイスファハーンのシャー・モスクのタイルが、創建当時のものと断定できるかとの質問があった。(堀川 徹)

第二部会 午前の部

山尾あおい「文学に表わされたトルコ人労働者」は、ドイツのガスト=アルバイターと呼ばれたトルコ人労働者のドイツ社会における矛盾を明らかとする「在独トルコ人文学」の先駆けとなったユルドゥズの1960-70年代の作品を取り上げ、ドイツにおけるトルコ人の問題を扱う「移民文学」や「異郷文学」などの諸文学についても考察を進めながら、ドイツとトルコ人の関わりを論及した。

川久保一美「1922年エジプト独立前後のエジプトの対日外交」は、第一次世界大戦後国際的に無視されて来たとするエジプトの独立に当たって、国際的立場の確立への努力の過程を、日本からの葉煙草輸入関税問題を通じて、日本がエジプトに要求するキャピチュレーションを断念させた経緯を、日本外務省外交史料館史料およびイギリス公文書館の外交文書を用いて論じた。

久保幸恵「ムスリム・コミュニティーとオランダの多文化政策」は、オランダにおける国営放送局の番組放送枠獲得をめぐって、ムスリムの間の諸問題や、放送権授与者としてのメディア委員会による政府の多文化政策と矛盾するムスリム対策について言及した。

三尾真琴「もう一つのパレスティナ問題」は、レバノンにおけるUNRWA Schoolの調査に基づいて、パレスチナ人難民キャンプの教育問題を中心に取り上げ、レバノン政府からの支援も少ない、パレスチナ人難民の窮状を現地での体験を基に訴えた。(設樂 國廣)

第二部会 午後の部

マイケル・ペン「野田正太郎と日本軍艦比叡・金剛のイスタンブールへの派遣」は、オスマン帝国軍艦エルトゥール号遭難事件の生存者の送還をめぐる決定過程の考察と、同事業の実現に貢献した時事通報記者野田正太郎の同行取材記事の分析を通じて、日本・トルコ関係史の一断面を紹介した。同記事からは、人道主義を掲げ日本・トルコ関係の発展に期待を託した当時の日本知識人の世界認識がうかがえ興味深い。時事通報の創設者である福沢諭吉のアジア観との関係などについて質問がなされた。報告は英語で行なわれた。

小島宏「イスラームと人口移動」は、イスラームが人口移動に与える影響に関して既存研究のサーベイと「人口保健調査」の数量分析の結果を示した。とくに女性の地位を通じた間接的な影響という説が、上記調査(東南アジアおよびエジプト)の結果から有配偶ムスリム女性の移動性向の低さによって検証されるという仮説を提示するとともに、血族結婚の影響などについても指摘した。ミクロな社会調査との付き合せによっても豊かな゜を可能とする内容がある報告であった。(長沢 栄治)

第三部会 午前の部

末近浩太「ラシード・リダーと大戦間期のシリア統一・独立運動」は、イスラーム思想あるいはアラブ民族運動史からなされてきたこれまでのリダー研究には両者間に断絶があったことを批判し、リダーによるシリア統一・独立運動を分析することによって、現代シリア研究への新たな視座を提示することが目的とされた。『マナール』誌に依拠した丹念な作業によってリダーの「シリア」を中心とした言動が明らかにされた。第3報告の田村幸恵「パレスチナの構想」は、1929年嘆きの壁事件から1936年大反乱におけるゼネストへ至るまでのパレスチナ・アラブの運動を解明しようとする試みであったが、概説的整理に終った感は否めない。司会の力量不足もあるが、現在進行中でかつ厳密さが要求されるテーマであるだけに質疑応答の時間が十分とれず残念であった。続いて、貫井万里「モサッデク政権期におけるテヘランのバーザール勢力の役割」では石油国有化運動にひき続いておこった1952年7月の「ティール月30日事件」について、従来の研究では事件に参加した民衆の動きが欠落してきた点を批判し、バーザール商人が自らの利害に従って大きな役割を果たしていたことを一次史料に依拠して明らかにした。

なお、第2報告者小池利幸氏は急病のため欠席された。司会が風邪をひき、大変お聞き苦しかったにもかかわらず、報告者および出席者各位のご協力によって活発な議論ができたことに心からお詫びと感謝を申し上げたい。(江川 ひかり)

第三部会 午後の部

まずタレック・シェヒディ「近代日本とアラブにおける民主主義」は、20世紀の第1四半世紀、個々別々に日本とチュニジアにおいて「自由民主主義思想」を主唱した吉野とハッダード(1899-1935)の思想と活動を対比し、その共通点や相違点を明らかにしようとした研究である。日本とチュニジアの政治体制や時代状況の違いを考慮すべきであるなどの質問があったが、議論はかみ合わなかった。続く島敏夫「イラン石油産業の新段階」では、イスラム革命後20余年、大きな転換点を迎えているイラン石油産業の現状分析と今後の課題が検討された。現状の問題として、原油生産能力が低下していること、石油輸出収入が減少していること、埋蔵量の豊富な天然ガスは輸出の必要性があるにもかかわらず国内消費量が増えていることが統計資料をもちいて説明された。今後の課題として、原油生産拡大のための既存油田の改修と新発見の巨大油田の開発、外国投資の受け入れと契約形態、民営化の問題などが指摘された。最後の発表、清水学「中央アジアの「市場経済化」」は、中央アジア5カ国がソ連邦から独立して以来今日までの政治経済上の諸問題を整理したものである。「市場経済(資本主義)」への移行と旧体制勢力ノメンクラトゥーラとの結びつき、国内総生産の半減、ソ連時代の工業分業システムの崩壊に伴う各国間での工業・貿易上の矛盾の出現、輸出産業のエネルギー資源への偏った依存、「民主化」の後退などが検討された。(澤田 稔)

第四部会 午前の部

発表者4名で、発表順にテーマ別で古典アラブ文学・ペルシャ語言語学・現代アラブ文学・アラビア語方言学というラインナップになる。分野ごとに寸描すると、元好朗子氏は司会者の記憶する限り2度目の研究発表になろうか、前アラブ期=ジャーヒリーヤ期古典詩のセクシュアルな側面にライトを当てた切り口が刺激的で、議論をよんだのは当然。元好氏の古典アラブ文学に対し、現代アラブ文学をとり上げたのがハイリー・ドゥーマ氏。特に現代エジプト女性作家に顕著な一傾向を紹介した。現代アラブ文学も世界文学の動向に敏感に反応しつつ、刻々変貌しているのは言わずもがな。変貌しつつあるなら、単に外的影響で括るにとどまらず、変貌を促した内的要因の論証が今後の課題になるだろう。ナーデル・シャハーンギーリー氏はペルシャ語を対象言語として手堅い社会言語学的分析を披露し、依田純和氏も、これまたフィールド調査結果を駆使して、アラビア語一方言の音声現象を詳論してみせた。ところで一般的感想を一言。欧米式はいざ知らず、まがりなりにも聴衆相手に「研究発表」するからにはそれなりにこみ入った話になるはずだから、発表内容の要約資料をたとえ1枚でも準備配布するのが聞き手のためではなかろうか。本学会での言語文学関係の活発化を期待しながら、最後に私事にわたるけれども、司会担当をおおせつかること今回で3度目を数えたことを付け加えて会場報告にかえさせてもらう。(藤井 章吾)

第四部会 午後の部

山中由里子氏は「ズー・ル=カルナイン(二本角)再考」と題する報告において、クルアーンの解釈書に収録されているハディースの中で、アレクサンドロスがどのように扱われているか、報告を行った。そこではアレクサンドロスは「真のムスリム」として描かれ、その昇天もヨーロッパでの伝承とは違って、本人の野心ではなく神の導きによるものとされている等の指摘がなされた。非常に興味深い報告に、比較の観点から様々な質問が寄せられた。

富田健次氏は最近、イラン革命の指導者ホメイニーの著作『ヴェラーヤテ・ファギーフ論(イスラーム統治論)』を邦訳・刊行したが、同著の立論について「ヴィラーヤテ・ファギーフの論証形態に関する若干の考察」と題して、詳細な報告を行った。 著者の政治的主張の立論が、従来考えられていた以上に理性による論証に依拠していること、伝承による論証のみでは立論が完成しないこと等が論じられ、またこの問題をめぐる最近のイランでの議論が紹介された。重厚な報告で、現代イスラーム思想の重要な一端が示された。(小杉 泰)

龍谷大学は、寛永16(1639)年西本願寺境内に開設した学寮に源を発し、大会会場の大宮学舎は、明治12(1879)年の建設で、国の重要文化財指定をうけている。その歴史も校舎の佇まいも、イスラーム世界のマドラサ(学院)を思わせる。このような由緒ある場で、大会を開催して下さった龍谷大学および実行委員会の方々、とりわけ北村高事務局長に御礼申しあげます(三浦 徹)。


AJAMES第17号(2002年3月末発行)の原稿を募集しています!

  • 執筆お申し込みは7月15日まで、原稿提出締切は8月末日までです。
    下記の編集委員会事務局(法政大学社会学部 岡野内正気付)まで、原稿の種類と仮題をご連絡ください。(詳細はAJAMES巻末の投稿規程をご覧ください)
  • 論文や研究ノートのほか、書評、あるいはとくに日本の研究状況や研究機関を外国語で紹介する文章なども歓迎いたします。
  • この人にこんなことを書いてほしい、こんな欄をもうけたらどうか、といった、編集にかかわる皆様のアイデアもどしどしお寄せください。
    お待ちしております! (編集委員長 岡野内 正)
【編集委員会連絡先】
AJAMES編集委員会
〒194-0298 東京都町田市相原町4342
法政大学社会学部 岡野内正研究室
E-mail:otadashi@mt.tama.hosei.ac.jp
Tel: 042-783-2371 Fax: 042-783-2358

別冊特集「日本の中東・イスラーム研究」については、別途学会事務局が編集を担当して進めます。日本の中東・イスラーム研究の歴史や動向や将来の課題などについて、外国語でご寄稿いただける方がありましたら、学会事務局にご連絡ください。


第5回日本中東学会公開講演会の開催

日本中東学会では、本年度も文部科学省科学研究費補助金「研究成果公開促進費」による、第5回公開講演会を下記のような形で開催いたします。

日時:2001年12月8日(土)13時~17時
場所:名古屋市 名古屋国際会議場1号館
(〒456-0036 名古屋市熱田区熱田西町1-1
Tel: 052-683-7711
http://www.u-net.city.nagoya.jp/ncc/
講演会名:21世紀のイスラームとイスラーム世界(日本とイスラームの関係を中心に)

講演者:佐藤 次高(東京大学)、小林 寧子(南山大学)、山岸 智子(明治大学)

中京地区での開催は初めてとなりますので、会員の方々にはお知り合いをお誘い合わせの上、幅広い参加をお待ち申し上げております。


第1回中東学会世界大会(WOCMES)

上記の研究集会が、欧米諸国の中東学会(北米・英独仏伊)の共催によって、2002年9月にマインツ(ドイツ)で開催されます。 日本中東学会としては、刊行物を頒布するブースを設けるとともに、 イスラーム地域研究プロジェクトで活発な活動をおこなっているスーフィズム研究グループと相談し、 同グループを母体として、Sufi Saints and Non-Sufi Saints: Sacredness, Symbolism, andSolidarityというテーマで パネルを応募することにいたしました(申請代表者:東長 靖会員、京都大学)。

個人で研究発表に応募する場合は、2001年12月15日までに要旨(300-400語)を提出し、 翌02年2月15日までに採否が通知されます。 実行委員会から、応募要領と日本の研究者からの応募を求めるメールが事務局に届いています。 大会の概要や応募要領は、ホームページで見ることができます。

会議名: First World Congress for Middle EasternStudies

開催日時:September 8-13, 2002

開催場所:University of Mainz, Germany

連絡先
WOCMES Secretariat
Center for Research on the Arab World (CERAW),
University of Mainz, Institute of Geography, 55099 Mainz, Germany,
Phone: + 49-6131-3922846, -3923446, -3922701
Fax:+ 49-6131-3924736,
e-mail: wocmes@geo.uni-mainz.de
http://www.wocmes.de

インターネットによる学会情報の発信

・本年秋から学会ホームページを開設し、つぎのような情報を掲示いたします。
●中東学会概要(会則、役員など)、
●AJAMES概要(投稿規程、バックナンバー目次、原稿募集)、
●ニューズレター(学会記事、国内外の学界動向)、
●会員の新規業績(東洋文庫ユネスコ東アジア文化研究センターとの提携を予定)。
・電子メールによるニュースの発信
今年度の名簿から、電子メール登録者(現在277名)のアドレスを掲載いたしました。今秋以降は、電子メール登録者にヘ、メールによる学会ニュースの発信を開始する予定です。この機会に、電子メールを学会事務局にご連絡ください。なお、登録頂いた方でも、学会名簿へのアドレス掲載を望まない方(非公開)は、その旨をお知らせください。

e-mail: james@cc.ocha.ac.jp


AJAMESの海外寄贈先

日本中東学会では、国際的な交流をめざして、 AJAMESおよびニューズレターの海外の研究機関や研究者への送付を積極的に行ってきました。 今後もこの方針は継続いたしますが、研究や交流の状況が変化しており、 先の理事会では、寄贈先リストを見直すことを決定しました。 今後は、原則として研究者個人への寄贈は行わず、会員登録ないしは購入をよびかけることにします。 また、寄贈先については、地域のバランスを再検討します。 現在の国別の寄贈先(機関)はつぎのような概数になっています。 会員の方々で、寄贈すべき機関について候補がありましたら、7月末日までに、学会事務局宛にお知らせ下さい。

アルジェリア:4、オーストラリア:1、ボスニア:1、カナダ:1、中国:5、キューバ:1、エジプト:9、フランス:10、グルジア:1、ドイツ:4、英国:4、ハンガリー:1、インド:2、インドネシア:1、イラン:5、イラク:2、イスラエル:1、イタリア:1、ヨルダン:3、カザフスタン:2、クウェート:1、マレーシア:1、モロッコ:3、オランダ:1、ナイジェリア:1、ロシア:1、サウジ・アラビア:5、シンガポール:2、スペイン:2、スーダン:1、シリア:4、チュニジア:6、トルコ:11、アラブ首長国連邦:1、アメリカ合衆国:10、イエメン:2、以上。


「イスラーム地域研究」東京国際会議

イスラーム地域研究プロジェクト(研究代表者佐藤次高、東京大学)では、 来る10月5日~8日、かずさアーク(千葉県木更津市)を会場に 国際会議(TheDynamism of Muslim Societies: Toward New Horizons in Islamic AreaStudies)を開催いたします。

Program

First Day ( 5 Oct. 2001 )
Opening Address 14:00-14:30 / Opening Lectures14:30-17:00
Reception 17:00-19:00
Second Day ( 6 Oct. 2001 )
<Room A>
Session 1: 10:00-13:00
Islamism and Secularism in the Contemporary Muslim World
Session 2: 14:30-17:30
The Public and Private Spheres in Muslim SocietiesToday: Gender and the New Media
<Room B>
Session 3: 10:00-13:00, 14:30-17:30
Ports, Merchants and Cross-Cultural Contacts
Third Day ( 7 Oct. 2001 )
<Room A>
Session 4: 10:00-13:00, 14:30-17:30
Sufis and Saints among the People in Muslim Societies
<Room B>
Session 5: 10:00-13:00, 14:30-17:30
Social Protests and Nation-Building in Muslim Societies
Fourth Day ( 8 Oct. 2001 )
<Room A>
Session 6: 10:00-13:00
Contracts, Validity, Documentation: Historical Researchof the Sharia Courts
<Room B>
Session 7: 10:00-13:00
Islamic Area Studies with Geographic Information Systems

Concluding Discussion: 14:30-17:30

参加される方は、下記のウェブページにアクセスいただき登録申し込みをおこなってください。

和文:http://www.kap.co.jp/dms/registration-j.htm
英文:http://www.kap.co.jp/dms/registration-e.htm

なお、インターネットをご利用でない方は、イスラーム地域研究総括班事務局に電話またはファックスでご連絡いただければ、 登録用紙をお送りいたします。ご登録いただければ、どなたでも参加できます。

〒113-0033 東京都文京区本郷7-3-1東京大学文学部アネックス
「イスラーム地域研究」総括班事務局
TEL:03-5841-2687, FAX:03-5841-2686
http://www.l.u-tokyo.ac.jp/IAS/
i-office@l.u-tokyo.ac.jp

国際会議「スペイン内戦におけるモロッコ義勇兵」

2001年3月14日から16日に、スペインのグラナダで、 「スペイン内戦におけるモロッコ義勇兵Marroqu_es en la Guerra Espa_ola」という標題で国際会議が開催された (主催:AngelGanivet民族問題研究グラナダ協会Diputaci_nde Granada, Centro de investigaci_nes etnol_gicasAngel Ganivet、 共催:ベルベル・マグレブ研究地中海協会Fundaci_n Mediterr_nea《MontgomeryHart》de Estudios Amazighs y Magrebies)。

私は、ベルベル語研究の特別オブザーバーとしてセミナーに参加した。 スペイン内戦に関するスペイン・モロッコの両国関係といった政治的分野は、 私の研究分野とは直接関連をもたないが、北モロッコのリーフ地方のベルベル人の歴史を新しい視点から考察できたことからも、 今回の研究報告は大変有意義なものであった。なお最終日の16日は参加できなかったが、15日午後7時から行われた全体会議では、 私も北モロッコのテトゥアン近郊の山地におけるモロッコ・アラビア語、ベルベル語、スペイン語三重言語併用地帯の現状を報告した。

3月14日(水)
 開催にあたってスペイン・ベルベル文化保存協会代表のRachid Raha氏が挨拶した。氏は「なぜモロッコ人がスペイン内戦に参加したのか」をテーマに、当時の社会背景が今なお北モロッコのリーフ地方のベルベル人の子孫の間で鮮明に語り縦がれている実情を報告した。さらにスペイン人の侵略に対して、リーフのベルベル人がどのように自らの利益を守ってきたかについても触れた。  研究発表の最初はマドリード大学(UNED)のVictorMorales教授が専門のスペイン・モロッコ近代関係史という立場から、ジブラルタルなどのスペイン国境にまつわる諸問題を提示しつつ、フランコ将軍の時代にはスペイン内戦について語ることがタブーであった事実に触れ、こうした内戦の様子がモロッコのリーフ地方に居住するモロッコ人の間でどのような形で描写されてきたかを分析した。さらに1921年から1926年にかけてのスペイン・モロッコ両国関係を考察するうえで、イスラーム教徒とキリスト教徒が連帯してスペイン政府にまっこうから対抗したという宗教社会学上の背景も見のがしてはならないことを強調した。これに引き続き、当時スペインのメリダやバグホスなど戦略上の拠点がスペイン内戦にどのような意義をもっていたかを、ビデオを通して明らかにした。 次に南スペイン史研究家のMoustapha Merroum氏が、スペイン内戦に参加したモロッコ軍兵士の日常生活の詳細を報告した。この軍隊がモロッコ人のみではなく実は多国籍軍であったこと、また軍備品の調達がどのような経路で行われたかということについても関連して述べた。また当時の状況がいくつかの文学作品には克明に描写されている例を紹介し、兵士の年金、健康管理、その後の保障問題などについても具体的な資料を示した。  最後にラバト大学のAbdelmajid Benjelloun氏は、スペイン内戦当時のリーフ地方におけるカビール族の生活状況にふれ、「はたしてモロッコ兵士にとっては内戦は《聖戦》であったのか」という命題に、さまざまな角度からフランコの用いた心理的戦略を分析した。とりわけ興味深かったのは、「フランコがイスラームに改宗し、新しい秩序を彼が打ち立てようとしている。フランコはマフデイー(救世主)だといううわさがリーフー帯に普及し、このうわさに刺激された当時のモロッコ兵が先を争って義勇兵に志願したのではないか」という仮説である。

3月15日(木)
 まず社会政治学者の集まりであるアンセルモ・ロレンソ協会のDiego Camacho氏が「モロッコとスペイン人民戦線政府にまつわる諸問題」と題し、モロッコにおける独立運動とアルジェリア独立運動の相違点を具体的にとりあげた。また氏は当時のヨーロッパにも目を転じ、マドリードの共和国政府とフランス政府の関係にもふれ、1906年のスペインとフランスの植民地分割政策の密約を引き合いに出し、当時の国際関係を分析した。こうした密約がフランコ将軍が生きていた時代には決して公にされなかった事実を、「スペインの暗黒時代を告白する私は、歴史の証言者の生き残りの一人である」と高年のDiego氏が演説にも似た調子で熱っぽく主張する姿が印象的であった。  午後の報告では、歴史家Maia Rosa Madariaga女史が口火を切った。いわゆるモロッコ人を「モーロ人」と呼んだスペイン人たちは彼らにどのようなイメージを抱いていたか、モロッコ人のナショナリズムは外国勢力をどのように受け入れたのか、ここでもフランコ将軍が宗教的な側面から内戦を聖戦として位置づけ、神話的要素を彼の戦略に取り入れ、軍人を扇動した事実を明らかにした。内戦に参加する兵士に対して、《マナ》が空から降り、聖戦に参加する兵士は決して食べ物に不自由しない、といったユダヤ神話まがいの話で宗教心の厚い北モロッコのベルベル人を洗脳?した事実もあるという報告は、その信憑性には欠けるとはいえ、出席者の中には聖職者も多かったことから、会場全体にかなりの波紋を巻き起こした。  スペイン・ベルベル文化保存協会代表のRachid Raha氏はスペインのグラナダやメリージャさらにモロッコのアガディールを拠点に様々な活動を展開しているが、今後、ベルベルの文化や言語の保存に関心をもつ世界の多くの人々や機関との、交流や情報交換を希望しているという。この機会を利用して今回氏のEメールアドレス(rachid_raha@mixmail.com)を紹介することをお許し願いたい。(石原 忠佳)                     


ニューズレターへの寄稿のお願い

本号にご寄稿いただいた皆様に厚く御礼申し上げます。事務局では、国内・国外の研究集会の案内や参加報告など、ニューズレターの原稿を募集しています。ご寄稿くださる場合は、電子メールまたは郵送にて、学会事務局宛にお送りください。電子ファイルを添付していただけると、編集が効率的にできます。次号ニューズレターの発行は今秋を予定しています。

日本中東学会事務局
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比較歴史学コース三浦研究室内
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