日本中東学会

中東研究レポート

「和平交渉」決裂からガザ地上侵攻に至る一筋の道

奈良本 英佑(ならもと えいすけ/中東学会会員、中東近・現代史)

今月8日、72時間の停戦切れで、ガザ地区への砲爆撃とロケット弾の応酬が再開された。パレスチナ人の殺傷、破壊は際限なく続く。先月12日のイスラエル地上軍による大規模なガザ地区侵攻に始まる「戦争」が意味するものは何か。
4月23日以降一連の経過を見れば、一本の道筋が浮かび上がる。

この日、アメリカ仲介のイスラエル=パレスチナ交渉が、29日の交渉期限を待たずに幕を閉じた。ファタハとハマースが、7年にわたる政治的分裂に終止符を打つと発表した日だ。イスラエルのネタニヤーフ首相は、すかさず、同日予定されていた対パレスチナ交渉をキャンセルした。「テロリストを含む相手とは交渉できない」と。

同29日、パレスチナ側交渉団長のサーイブ・ウライカートは、昨年9月以来の交渉を振り返って「占領地で入植地を建設し、パレスチナ人を殺し、幾多のパレスチナ人家屋を破壊する行為は、明らかに、占領を終わらせたいとする政府のやることではない。占領を併合に転化しようとする振る舞いだ」とイスラエルを非難した。

7年ぶりに統一したパレスチナ側は、5月2日、一連の国際人権条約に正式加盟、15日には、ガザのハニーヤ首相が「ハマースとファタハは治安部隊統合で合意済み」と語った。イスラエル軍とPAの治安部隊は、西岸地区での「治安協力」を続けてきたから、これは、ネタニヤーフ政権が最も嫌ったことだ。翌6月2日、パレスチナ自治政府は、ラミ・ハムダッラー首相の下にテクノクラート主体の統一内閣を発足させ、6ヶ月以内に大統領とPLCの選挙を実施すると発表した。ネタニヤーフ政権の意に反して、アメリカとEUは、統一政府歓迎を表明した。

一方のイスラエル側は、5月1日、ネタニヤーフ首相が「ユダヤ人の国民国家としてのイスラエル」を定義する基本法制定の方針を発表した。これは、過去9ヶ月間の交渉で、イスラエルが繰り返し強く迫り、パレスチナ側が拒否してきたものだ。11日には、閣僚会議が、「ユダヤ人の血に手を染めた」パレスチナ囚人の釈放を阻止する法案提出を7-3の多数で承認した。6月4日、西岸地区に入植者住宅1500戸の建設を認可、交渉中も続けてきた入植活動を断固加速する意思を示した。

こうした応酬のさなか、6月12日、入植地に住む若いユダヤ教神学生3人の行方不明事件が起きた。ヘブロン近郊でヒッチハイクしようとした3少年は、30日に死体が発見されるが、クルマに連れ込まれて間もなく射殺されたらしい。

なぜ、この時期にこんな事件が起きたのか。当面は偶然というほかないが、ネタニヤーフ政権は、パレスチナ統一政府をつぶす絶好のチャンスと見たに違いない。首相は、「ハマースの犯行」と一方的に決めつけ、「3少年捜索」を名目に、西岸地区全域で、ハマース関係者などを標的に、福祉施設を含む一斉家宅捜索、建物破壊、物品の押収、「被疑者」大量逮捕を始めた。6月23日までに、約1400ヶ所を捜索、400人を捕まえ、200人を裁判抜きの「行政拘留」処分にした。この「少年捜索」には、一定期間PAの治安部隊も協力したから、PA当局がパレスチナ人から敵視されるという「効果」もあった。

西岸地区では、強引な捜索に抗議するパレスチナ人とイスラエル軍、治安部隊の衝突も繰り返され、何人かのパレスチナ人が殺された。 実は、この時期、イスラエルの監獄では、パレスチナ人政治囚たちが、数ヵ月前から「行政拘留」などに抗議のハンストを続け、多数が入院、国際的にも、裁判抜きの投獄に対する批判が高まっていた。だが、この騒ぎで政治囚たちの声はかき消され、彼らは、6月25日、ハンスト中断に追い込まれた。

この暴力的な「3少年捜索作戦」に反発した、ガザ地区からイスラエルに向けたロケット発射と、イスラエル軍による同地区空爆の応酬がエスカレートするなかで、ハマースは7月7日、ロケット攻撃の実行を初めて認めた。2012年の停戦協定で自制していたハマースが、イスラエルの挑発に乗ったかたちだ。地上部隊の侵攻を含むイスラエル軍の猛攻は、7月12日に始まった。

10日現在、ガザ地区の死者は2000人、負傷者は10000人を越えようとしているが、殺戮と破壊が終わる見通しはない。

イスラエルがこの時期のガザ攻撃大作戦を準備していたのか、ハマースなど武装グループがそれを予期していたのか。イスラエルはパレスチナ統一政府の破壊に成功したのか。まだ確答はない。

ただ、明らかなことは、交渉中も入植活動を遠慮なく続けたネタニヤーフ政権が「中東和平」の実現など全く望んでいなかったことだ。入植を制止できないアメリカ自身も「和平交渉」の成功の可能性など信じていなかっただろう。パレスチナ側も同様だ。3者とも「政治ショー」を演じたに過ぎない。パレスチナ陣営の分裂が続くことは、紛争と占領の継続を望むネタニヤーフ政権の望むところだった。こう考えれば、4月23日のパレスチナ統一政府合意から、今回の「戦争」に至る一本の道筋が見えてくる。

(2014年8月10日正午記)