日本中東学会

年次大会・公開講演会・研究会等

日本学術会議シンポジウム「地域学の現状と課題」参加報告

2002.12.4 更新

富永 智津子(宮城学院女子大学)

平成14年11月9日(土)10:20-17:30、専修大学神田校舎において、太平洋学術研究連絡委員会地域学研究専門委員会主催の表記シンポジウムが開催された。主催研連のほか、歴史学、東洋学、文化人類学、人文地理学、政治学、経済政策、地理学の8つの研究連絡委員会が協力、日本中東学会を含め、65の学会が協賛した。参加者は司会や報告者を含めて約60名。主催研連の委員長である板垣雄三氏による基調報告「地域学とは何か」に続き、「(マルチ)ディシプリンから地域学へ」に関する6名の発題を踏まえて、「統合的パラダイムを求めて」総合討論を行った。

議論は、板垣氏が基調報告の中で提示した地域学の5つの課題、つまり(1)俯瞰的・統合的視点の必要性、(2)可変的な「地域」設定の可能性、(3)基礎学としての地域学、(4)アクチュアリティの学としての地域学、(5)学術の情報循環の新しいシステムづくりとしての地域学、の随所に触れながら、最終的に、人文・社会系の「地域研究」(Area Studies; Regional Studies)と理科系の「地域科学」(Regional Science; Regional Planning)がどのような形で連携・協力できるか、両者を統合したパラダイムの構築が可能かという論点に収斂していったように思われる。

実際に、この両者の協力によってベトナムの村落調査を行っている事例などが紹介される一方、実証研究をベースにする「地域研究」は、理論やディシプリンを優先する「地域科学」とはやはり相いれないのでは、といった反論もだされ、結論がでるにはいたらなかったが、両者が一堂に会して、同じ土俵で意見交換を行った初めての試みとして、本シンポジウムの意義を評価する声も多かった。

最後に、「地域研究」に軸足を置いているわたしの感想を3つだけ述べておきたい。

(1)「地域研究」と「地域科学」の領域は、完全には重ならないが、かなりの部分は相互補完的であり、このことに自覚的だった「地域研究」に対し、むしろ「地域科学」の方が、ようやく「地域研究」の重要性を認識しはじめた、という状況があるのではないか、ということ。実際、わたしは、ごく最近設立された「国際保健研究会」への参与を「強要」された。アフリカ・中東地域で行われている「女子割礼(FGM)」の問題を考えれば、両者の統合パラダイムの必要性は疑いようがない。

(2)「われわれの研究が伝統文化を破壊することがある」との警告発言、「地域を設定する研究者(=他者)の眼差しが作り出す地域概念のフィクション性」(酒井啓子氏)というコメントは、現地研究に密着した「地域研究」「地域科学」が、誰のための研究なのかという切実な問題提起であったこと。このことは、わたしが最近交流したアフリカ人研究者に、われわれ経済先進国の研究者が、アフリカのさまざまな資源を知的に「搾取」しているのではないかとの危惧を婉曲に突き付けられた時に感じた衝撃と重なるものである。

(3)さまざまな分析概念やアプローチが紹介されたが、その中に「ジェンダー分析」が皆無であったこと。あらゆる学問領域にジェンダー分析は不可欠な時代を迎えようとしている今、従来の「地域研究」「地域科学」をジェンダーの視点から「脱構築」する作業が急務であるとの印象を強く持った。(富永 智津子)


付記 日本学術会議では、第16期より「地域研究」の在り方に関する検討を行っており、1999年9月には、上記の「地域学研究専門委員会」および「地域学研究推進基盤検討小委員会」が設置され、人文・社会・自然科学の諸分野から、地域に関わる委員が検討を重ねてきました。上記シンポジウムはその検討結果を広く議論するものにあたります。専門委員会には、板垣雄三氏が委員長として、また検討小委員会には後藤明、小松久男会員がメンバーとなり、上記のシンポジウムでは、司会として富永智津子、報告者として松原正毅、酒井啓子が、そのほか臼杵陽、林佳世子(東洋学研連委員)、三浦徹、北澤義之の本学会会員が参加しました。(三浦 徹)

当日のプログラムは以下の通りです。

プログラム

総合司会:辛島昇(大正大学文学部教授)

開会挨拶

河野博忠(日本学術会議第三部長、常磐大学国際学部教授)

メッセージ

押川文子(国立民族学博物館地域研究企画交流センター長)

第1部 地域学とは何か 10:35~12:00

司会:宇野重昭(島根県立大学長)

基調報告

板垣雄三(日本学術会議第一部長、東京大学名誉教授)

討論

第2部 (マルチ)ディシプリンから地域学へ 13:00~14:35

司会:原洋之介(東京大学東洋文化研究所教授)

発題

「日本学術会議・太平洋学術研究連絡委員会の活動から」尾本惠市(桃山学院大学文学部教授),「地域研究とディシプリン:大学での教育に即して」木畑洋一(東京大学大学院総合文化研究科教授),「地域学の本質」河野博忠(上記),「地域研究から地域学へ」桜井由躬雄(東京大学大学院人文社会研究科教授),「空間と時間のせめぎあいにおける最適尺度と地域研究-人文地理学から地域学への提言-」野間晴雄(関西大学文学部教授),「地域学(地域研究)の方向性」松原正毅(国立民族学博物館民族社会研究部教授)

第3部 総合討論 総合的パラダイムを求めて 14:55~17:15

司会:板垣雄三(上記)・富永智津子(宮城学院女子大学教授、国立民族学博物館客員教授)

リードオフ

「統合的パラダイムを求めて」立本成文(中部大学国際関係学部教授),「『地域学の現状と課題』への農村計画学からのコメント」冨田正彦(宇都宮大学農学部教授),和田英太郎(総合地球環境学研究所教授),松浦啓一(独立行政法人国立科学博物館動物部室長),酒井啓子(日本貿易振興会アジア経済研究所地域研究第2部主任研究員)

自由討論

結語および閉会の辞

辛島昇(上記)

17:30終了